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日志


2006/8/25

東北・北海道ツーリングレポート5 旭川から道央を南下

 
コース:旭川、大雪山旭岳、美瑛、富良野、落合、トマム、占冠、日高、富川、苫小牧
走行距離・時間:351km、 2006年8月23日、7時間
 
東北・北海道ツーリングもいよいよ最終日である。8時30分旭川駅のホテルを出発し国道237号を南下した。途中から道道1119号線でやや東に振り、大雪山旭岳の湯駒別温泉を目指した。東川あたりの道路は正に北海道らしく、はるか東の大雪山山系は今日も雲の中である。スカイラインに入って小降りとなり、またカッパを身に着けた。50km、約50分間のウオーミングアップで本格的な美瑛・富良野・日高を攻めよう。ただし、ほぼ全日程雨のツーリングである。
 
今回のツーリングコースはほほ確定していたが、自分の進行方向の空と雲を見ながらコース変更した。美瑛道道は真っ黒な雲の下だったので早く南下することにした。さすがに美瑛・富良野コース、バイク、サイクル、自家用車がこれまでに比べ増えてきた。互いの安全と健闘を祈りつつ『Vサイン』で挨拶をした。特に長い坂道でのサイクリングの若者たちは、自らの頑張りを搾り出すように、雨の中でもカッパも着ず、大きく右手をふってくれている。わが息子も大学サイクリング部に所属し、既に2回の北海道サイクリングに出かけている。きっとあのようにグループでファイトし、飲まず食わず、不眠不休で最北端宗谷岬や最東端知床を目指したのだろう。むしろ彼らのVサインでこちらが励まされるようだった。
 
東山、南富良野、落合、トマムの国道38号、274号に入り小雨ではあったが、快適に走り、約1時間、占冠でもとの国道237号に戻った。道の駅で遅い昼食にした。毎日毎日美味しいものばかり食べているので、昼は軽くフルーツと魚の照り焼き缶詰で済ました。日高を過ぎて富川まで85km1時間少々で下り終えた。最終目的地、苫小牧はもう少しだ。美瑛と富良野をショートカットしたので、早く苫小牧付近に帰り、支笏湖でも周遊しようと無料の日高HWに入った。35分ぐらいで苫小牧に入ったが、さらに西の空は、真っ黒である。もう最後のあがきは止めよう。フェリー埠頭について今回のブログでも仕上げようと全てのツーリング行程を終えた。天候には決して恵まれた方ではなかったが、怪我もなく、トラブルも無く、無事に走り終えることができた。夕方便の太平洋フェリーきそに乗り込んで、身体も心もホッとして苫小牧の遠くなる明かりをぼんやり眺めていた。
 
2006/8/24

東北・北海道ツーリングレポート4 積丹・石狩湾シーサイドコース

 
コース:ニセコ、パノラマスカイライン、積丹、余市、石狩、留萌、深川、旭川
走行距離:378km
実施日・所要時間:2006年8月22日 7時間50分 曇りと雨
 
久々のニセコ昆布温泉でリラックスして、北海道ツーリング中日の出発である。今日も小雨が降っている。ニセコアンヌプリを見上げて見ると霧も出ている。完全防備を調えてニセコ→岩内のパノラマスカイラインの霧の中にGSを潜り込ませた。ノルディック・スキー選手なのか雨の中をランニングやローラースキーでトレーニングしている。そのトレーニングに比べれば雨の中のツーリングでも、バイクは楽チンである。「今シーズンの活躍がその苦しさの向こうにあるぞ」とピースサインで励ましつつヘヤピンカーブを岩内に向けて進んだ。
 
それにしても北海道に内地には無い変わった地名が多い。ハッタリ橋を渡ってほんの数分後に、唇も乾かぬうちにと言い回しがあるがホオカブリ・トンネルに入った。思わず大声で笑いながらその滑稽さに首をかしげた。岩内、積丹とコース設定をしていたが、途中工事規制の信号のせいなのかシーサイドコースから厳しい峠越えになった。それにしても積丹の道やトンネルは厳しい。昨日のソーランラインの比ではない。あの悲惨な8年前の国道229号古平地区のトンネンル崩落事故の時のように古く小さなトンネルを新しい大型トンネルに付け替えているのだ。そのためにいたる所で工事をやって片側通行渋滞である。濃いガスと激しい雨なので慎重に山越えをクリヤーし古平に出た。5分ほどよい地方面に走って、ほどなくあのテレビ報道でよく見かけた断崖が目に入った。事故現場はここだと容易に解った。20名の尊い犠牲の上に今日の暮らしがある。このような歴史の繰り返しが実に多い。私自身の21年前の25名の犠牲者を出した「長野犀川スキーバス事故」と重ね合わせるように手を合わせた。サイクリングの若者、バイクのライダーも皆通り過ぎて行く。おまけにここは国の管理する敷地、『キャンプ禁止』の立て札が正面に立っている。ここに立ち寄って、一晩キャンピングをして命の尊さを感じてほしい。このトンネル崩落事故の犠牲者のうち半分近くが20歳までの大学生、高校生そして中学生である。それぞれが3学期が始まってすぐ「さあやるぞ!」と朝の通学バスや通勤の車が犠牲になっている。全く悲運である。全く日本の道路行政の犠牲である。今は防災記念施設となり、消防関係者や行政関係者を中心に参拝見学者が多いいと聞いた。
 
余市でやや早い昼飯と休憩を取った。テレビ放映で有名な柿崎商店である。ホッケ定食400円、うに丼1200円、イカ刺400円と言った調子の海鮮食堂である。11時30分なのに旅行者や地元のファミリー・勤め人でもう満席状態であった。ウニ丼とホッケ焼きを実にリーズナブルな代金で美味しく頂いた。香川からのマグナムの青年と言葉を交わした後、5号線小樽、237号石狩、231号で留萌まで進めた。ほぼ全行程が雨であった。今日で3日目、殆どカッパを着てのツーリングである。もう「これが晴れていたならなあ」とたらなばを考えるのを止めた。雨の北海道もこれまた北海道、なかなかいいものである。4時過ぎに留萌に着いた。不思議か光景がもう一つ見つかった。それは雨だと言うのに皆傘をささないのである。子供も、学生も、女の子もびしょ濡れで歩いている。天気予報では留萌・旭川地方は雨、急な雨でもないのに・・・・?冬のあの厳しい吹雪からすれば大した事無いのか。もう一つ発見した。右折車線が無いのである、少ない事だ。信号手前で右折車は右のセンターライインぎりぎりに着け、左折車は、左の歩道縁石ぎりぎりに車を着けて停車し、曲がると言った具合だ。お陰で2車線の真ん中はどうぞと言わんばかりのスペースが用意されている。これはバイクにとって大変ありがたいシステムだ。しかし信号をそのまま通過する時には様相が少し違う。左右それぞれ曲がる方向に急にシグナルを出しながら寄せながら曲がったり、停止する。これには少々戸惑った。いや、びっくりする時もあった。
 
留萌から深川まで建設中の高速道路の一部無料開放区間を利用して深川まで運び、国道12号線で旭川入りした。今回の東北・北海道ツーリングのためにと準備したハンディーナビゲーターは順調に作動し、音声案内は良く聞き取れないが、便利で快適にツーリングができている。しかし、雨降りはバックの中に入れなければならず、それも横向きなのでドライビングポジションから良く見えない。雨降り時でも、いや雨降り時だからこそこの機能が発揮できるように工夫するともっと快適で安全なツーリングが楽しめる。今日の目的地の旭川駅前で雨の中本当に安全に良く走ったGSと記念写真を収めて、ご飯抜きのジンギスカンと・・・ポロビールを頂いて最終日に備えた。
 
 
 
2006/8/22

東北・北海道ツーリングレポート3 道南シーサイドコースを北上

 
行程:函館、松前、江差、寿都、ニセコ
走行距離:407km
月日・走行時間:2006年8月21日 9時間(昼寝も含む) 
 
初めての東北・北海道ツーリングも5日目である。昨日の弘前での仕事?を終えて弘前から7号線を走って青森港から夜10時20分発の函館行きフェリーに乗り込んだ。バイク仲間は数台であったが、「こんばんは」と互いに声をかけやすい中年ライダーが殆どである。出航前に腹ごしらえ、うに丼にしようか?それともラーメン?とまよった挙句にどんぶりにしてしたので乗船後はシャワーを浴びて早速明日からの北海道ツーリングにそなえて熟睡。2時、ドアをたたく音で眼が覚めたほどだ。
 
午前時2時30分函館上陸、早速真夜中の国道228を南下して道南シーサイドコース・ツーリングのスタートである。殆ど向車の無い真夜中の国道をしばらく走って、前方に赤灯、「えっつ!」と思いきや人がいない。看板である。ほっとしながら「ノートラブル」をメットの中でつぶやきバイクを進めた。GSは力強く、喜んでいるかのように走っている。福島峠で雨になったが、ぼんやり明けてきた右手の小山に松前城が確認できた。北海道最南端だ。夜明けとともに北上し続けた。シーサイドコースはもっとカーブ連続でトンネルも狭く、短いものと事前のイメージを抱いていたが、全く想像と異なった。快適である。そう思いながら、数年前のあの悲惨なトンネル事故を思い出した。このような快適な旅もあってはならないことであるが多くの犠牲の上に世の中が変わり、発展するのだとつくずく感じた。
 
江差、せたなとGSを進めながら、朝食をとそれらしき場所を探したが、どこにも無い。売店が開いている最初の道の駅で楽しみに駆け込んだが、レストランそれも海鮮焼きBBQは後1時間後と言うこと。泣く泣くつぶとイクラ和え、味噌汁、おにぎりを買い込んでオリジナルしじみ味噌汁つき「つぶイクラ丼」の北海道初メニューでブレックファストである。ただしレストランのテーブルもナプキンも無く、交番の前のコンビニの駐車場に座り込んでの食事だ。「お母さん、あのおじちゃん、どうしてお外でご飯食べているの」と買い物の親子連れの幼児の疑問。無作法ですみません。しかしお値段、お味は抜群の朝食でした。夜中からの走行とスペシャルブランチで眠気が来て、ベンチで1時間以上の仮眠となった。
 
順調に気持ち良く道南日本海側シーサイドコース・ソーランラインを走り、寿都湾の雄大な景色を楽しみながら道道に折れて15分国道5号蘭越に出た。今日の宿泊は、毎年のようにスノースポーツに来ているセコはもうすぐである。家族に絵手紙を書きたくなって葉書と色鉛筆、今夜のつまみのいかの一夜干を求めて、2時にニセコ昆布温泉ホテルあしりに着いた。7年ぶりの泊りである。GSを駐車スペースに収めて、早速疲れた身体を緑の中の優しい温泉に漬けた。品のある京和食懐石をファミリー、ペアー、仲間で楽しそうな中、一人で寂しく今日のツーリング記録をしながら頂いた。全てが満足・満点の道南シーサイド・ツーリングの1日になった。明日は積丹・小樽・石狩・留萌を経て旭川までの中日である。
2006/8/20

東北・北海道ツーリングレポート1 八郎潟と十和田を走る

コース:秋田港、男鹿半島、能代、十和田湖、奥入瀬バイパス、大鰐温泉
走行距離:328km
月日・時間:2006年8月17日2時間30分、18日10時間(雨宿り2時間を含む)
 
初めての東北・北海道ツーリングに出かけた。8月17日午前10時敦賀港発のフェリーに乗るために朝4時から出発準備に入った。
全てのパッキングを終えていよいよエンジンを回そうと思ったときにフェリーのクーポン券を再確認。タンクバックにしまっていたはずの予約件がない。僕としては珍しく4ヶ月前にオーダーして、2ヶ月前からクーポン券を手にして準備していた事が裏目に出てしまった。予約は確実に入っているし、どうにか乗れるだろうと券を探すのを止めて知多の自宅を出た。途中関が原で30分近く雨にうたれたが、順調に北陸道を走って8時過ぎに敦賀港に着いた。いよいよ始めての東北・北海道ツーリングのスタートである。
 
乗船券の再発行も無事に終えて9時から乗船となった。名古屋や大阪からのバイクの列の先頭にいた僕としては雨でぬれた凸凹のブリッジで滑ってバランスを失ったり、こけたりしては大変、慎重に登りフェリー甲板最後尾のバイクスペースに愛車BMW-R1100GSを収めた。大型長距離フェリーにしてはピッチング熟れもなく、穏やかな船旅であった。それもそのはず荒海の日本海を快適に航行するために船に水平蛇(スタビライザー)が付いていたのだ。かすかにディーゼルエンジンの振動だけが横たわった身体に伝わってくる。rデッキに出て能登半島の断崖やアルプスの山々を眺めたり、BSで高校野球を見たり、東北・北海道の地図を拡げたりで長旅の暇をつぶした。真夜中の新潟港に寄港してGSの目的地秋田に向かった。
 
東の空がほんのりと明るくなる頃、朝日の影で黒く雄大な鳥海山の山陰が確認できた。エンジン音が低くなり、そろそろ秋田に到着であろう。午前5時10分秋田港に着岸した。甲板に降りると既に多くのライダーが大きな荷物をパッキングしていた。3つの大型ボックスを装備したGSはメットを被るだけでスタンバイOK。朝6時ちょうどから船内でOFFの青年と一路男鹿半島を目指して北上した。快適なツーリングのスタートであったが、走って10分、北の空は真っ黒く低い雲がこりらに迫っているではないか。移動性の全線通過の影響である。ロングツーリングの始まり、ここはひとつ我慢して雨宿りをするために八郎潟(確か私が中学校の社会科でそう習った記憶が残る)、いまは日本有数の大型農業の干拓地手前の最初の道の駅にお世話になった。既にそこには先客ライダーいて、「雨が来ましたね」、私のナンバープレートを見てか「折角遠い所から来ていただたのに・・・・・」とまるで青年が私たちに侘びでもするかのような優しく物腰の低い態度で語りかけてくれた。出鼻をくじかれるような嫌な雨も、楽しいコミュニケーションの2時間であった。
 
雨も上がり、8時から男鹿半島に向けて、気を取り直してリスタート。はげの町男鹿をシーサイドワインディングで一周して、ひたすら右手に大農地を見ながら国道7号線を北上した。能代を過ぎ大館・鹿角と内陸部に入ると蒸し暑さが増し、国交省の気温掲示板は30度を表示していた。フェーン現象である。国道103に分かれて十和田にむかって初めてGSを進めた。2時過ぎに眼下に十和田湖が見えた。懐かしの十和田である。20数年前、まだ大学院生で修行中の頃、当時の仲間と恩師で大鰐温泉での学会の中休みを利用して秋紅葉の十和田ドライブをしたのであった。一周する頃からまた雨になった。ガスステーションで給油しながら、雨支度をして薄暗い奥入瀬渓谷を下った。ここは以前と全く変わらずの自然であった。ほどの20分走ってUターンするようにまた南下のバイパスを登った。快適な高速ワインディング・ロードである。ほぼ全線登り2車線になっており、この雨で対向車も追い越し車も少なく、独占するように雨の中一時の楽しみであった。
 
十和田の北の富士見台あたりから猛烈な雨となりだした。十和田道を下り、途中から大鰐温泉に続く国道454の山越えでは、豪雨に加えて雷のおまけつきである。ヘヤーピンカーブでは道路を川のように泥水が流れ、その川?の下には小枝や石ころがゴロゴロ。最初は丁寧に水を避けてクリヤーしていたが、そのうちに”まあいいや”とむしろその中に突っ込んでいる自分に笑いも出かけた。本音は泣きたいような山越えであった。まさに何年も前に見た三国連太郎の「雪の八甲田行軍」を髣髴させる「豪雨の十和田ツーリング」であった。人里が見え始めた頃、突然今夜からの宿の看板が目に入り、「着いた」とメットの中で叫んで波乱の東北・北海道ツーリング初日が終わった。バイク野郎の宿のオヤジさんと仲間が迎えてくれ、下着までびしょぬれで冷えた身体をまずは温泉で温め、山の幸、海の幸を摘みながら、皆でバイク談義に花を咲かせた。

東北・北海道ツーリングレポート2 津軽農道と岩木山を攻める

 
コース:大鰐温泉、弘前、やまなみ・屏風山農道、十三湖、岩木山環状道路、大鰐温泉
走行距離:200km
月日・時間:2006年8月19日、5時間30分
 
東北・北海道ツーリング2日目。朝から仕事に出かけた。今回のツーリングには2つの目的があった。1つは弘前での仕事、2つ目にはシーサイドとロングロードのツーリングを楽しむためである。午前中の仕事を無事に?終え、昼からのオフを利用して大鰐温泉バイク野郎の宿の青年と待ち合わせ津軽平野を走ることにした。本来のコースは岩木山スカイラインの予定であったが、昨日からの天候ですっぽりと雲をかぶっていたので十三湖を目指すことにした。
 
これまでいろいろな道を走ったが、今日の道は今までに経験したことのない道だ。全長60km余にも及ぶ広域おおうしょう農道、私の岡山の田舎では「農面道路」と親しみを込めてそう呼んでいる。岩木山麓を左に見て、左右のリンゴ畑に囲まれた「やまなみロード」、農地や湿地の先ほどとは少々景色の異なる「屏風山農道」の2つを乗り継いだアップダウン、ワインディング、ストレートのたっぷりのコースである。十三湖で一休みをして帰路は、その途中から岩木山環状道路の厳しいワインディングも加わって、200km5時間の津軽農面ツーリングをたっぷり満喫した。
 
ツーリングの途中、津軽台地の肥えた農地で採れた名産のメロンとトウモロコシを土産に帰りを待つ自宅に発送し、その場でも採りたてを戴いた。昨日の350km豪雨の初走りと異なって短いけれども内容の濃い東北・北海道ツーリング2日目であった。