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2009/6/21 CO2削減で世界が注目する中でのキャンドルナイト2008/10/24 なるほどと感じた最近の2冊実に実践的で現実的な2冊の書に出会ったので皆さんにもお知らせします.
1)片付けられない女のためのこんどこそ!片付ける技術 池田暁子著 文芸春秋 ¥952
この書は漫画である.『汚部屋』をお部屋に変身させる手順と技術をユニークに記している.片付けに留まらず,何事にも通ずるものの考え方や行動を示してくれているのではないでしょうか.
2)現役大学生による学問以外のススメ 「学外活動」出版プロジェクト編 辰巳出版 ¥1000 この書は21名の実在する大学生がいわゆる『学外活動』で何かを見つけ,成長した証を記している.「学生が大学に来ない,大学生は何時,何処で,何をしているのであろうか?」.
学生が自らの意思で大学の授業以外の分野でのずべての活動は,大学で学ぶことや大学生にとっていかなる意味と価値を持つものか.また,教えるものにとってその対象をどのように捉えるべきか示唆に富んでいる.参考にして当たってみてください.
2008/7/30 天然うなぎ2008/5/3 新しいNFUの友を迎えて今年も好天に恵まれて2008年度入学式が行われ,新しい友をキャンパスに迎え入れました。
その新入生の中に23年前あの痛ましいスキーバス事故でなくなられたK君の姪が入学されました。
月日のたつのは早いものです。
お母様と本人と妹の三人でキャンパスの一番奥にある『友愛の丘』(スキーバス事故慰霊植樹とひろば)で伯父さんの慰霊記念樹の下で記念写真を取りました。
伯父さんの無念な学生生活の分まで安全に日々を送り,思い存分楽しんで学んで欲しいものです。合掌
こちらは中国地方県人会の新入生歓迎会を4月20日に河和で開きました。
無論,新入生はノンアルコールのソフトドリンクのみ。
田舎の話,方言の話,これからの夢を先輩たちと新入生たちで交わしながらの一時でした。
こちらの県人会新入生の皆さんの有意義な学生生活を記念します。感謝。
2008/1/2 45年ぶりの同窓会1963年3月に岡山県美作の田舎の小さな小学校を出た。 岡山県美作市(旧)美作町立豊国小学校を卒業して45年になる。その同窓会が田舎で開催された。 そろそろ還暦を迎えようとするのであるから当たり前といえば当たり前の年月。 昨年の秋からこの小学校同窓生の集いを恩師を迎えてしようと声を上げ、企画してきた。 2008年1月2日午前11時から旧校舎跡地、12時から民宿本田(北山)で懇親会を開いた。 なにせ45年ぶりに会う人がほとんどである。 顔も名前もわからない。初対面のような何か気恥ずかしい気持ちを持ちながら互いに近寄り、「○○ちゃん」と45年前にすぐ戻った。 姿形は全く面影を残さないが、何故か声はそのままである。 子どもの頃をそっくり年を重ねた人、当時の背丈や姿と全くの別人の人、行動やしゃべり方がかすかに残っている人。まさに浦島太郎の世界である。 旧校舎跡地の中庭の大銀杏の木の下で記念写真を撮ってから、同窓会が始まった。 物故者への黙祷、恩師を迎えての挨拶、45年を2分で話すのは至難の技を必要とするが近況報告、還暦同窓会の提案などなど【45年の時を越えて】をテーマとした同窓会はあっという間に過ぎてしまった。 最後に2010年正月に還暦同窓会を開催することを決め、皆で思い出しつつ校歌を歌って幕を閉じた。いや再び交流の幕を開いた。 2008/1/1 お陰様で。お陰様で2007年も元気で過ごすことができました。
57歳。ちょこちょこ身体の調子が悪くなったところがあり、メンテナンスをしていますが、大過なく過ごさせていただきました。
2月には始めての身体の修繕を受けますが、きっとこれで良くなる事と願っています。
ブログをご覧の方に「masuokの知多通」2008年新年号をお届けします。ご意見やご感想を下のコメントか直接メールでお寄せください。
今年もよろしくお願いします。
新年明けましておめでとうございます 皆様のご健康とご多幸を心からお祈り申しあげます 今年もどうぞよろしくお願いします 元旦 恒例の小林ファミリー知多通信 2008年新年号 菜未(11歳)名古屋フルートフェスティバルに初参加。新しいフルートで張り切っています。英検初合格で大喜びの新田小5年生。 結香(15歳)念願の高校生、早速豪州ブリスベンでの3ヶ月語学研修を終え、英検2級、秘書検、漢検のトリプル合格。今年4月から台北清修高校へ1年間姉妹校派遣留学の清林館高校国際コース1年生。 庸介(19歳)金沢大教育学部に合格。父のお古の車もゲットして金沢で初めての一人暮らし、こまめに料理に励む教師志望の1年生。 健之(23歳)いよいよ森林科学研究の道か?昨年春秋に中国河南省での植林研究出張。今年は就活の信州大大学院農学研究科1年生。 玲子(48歳)昨年も多くの人と事の出会いに感謝。家庭・仕事・ボランティアのバランスが大事と痛感。夕食後のうたた寝が日常化?! 培男(57歳)春に研究で台北、皆で屋久島、妻と京都、義母と金沢庸介下宿、ハーレー883で蒜山・大山、昨年も元気でたび・タビ・旅。 地球温暖化防止、我が家はX’masイルミネーションを止めました。 任芝嫻(加奈17歳)小林家にステイ中、ジャニーズ大好き清修高生。 2007年7月車いす富士登山挑戦サポート 2007年8月屋久島家族旅行 庸介の下宿と金沢大学訪問 2007年家族忘年会 小林培男 小林玲子 masuok0730@hotmail.com reikok0306@msn.com 〒478-0011 知多市原2-3-23 TEL/FAX 0562-34-4563 2007/12/1 紅葉に包まれた昭和村2007/11/11 留学生受け入れ台湾・台北からの女子高校留学生が我が家にやってきた。
長兄大学院進学、次兄が大学進学で家を離れ、女性3人に囲まれた暮らしが、さらに女性留学生が増えての暮らしが始まった。
台湾・台北市から娘の高校国際コースに留学に来ている加奈(日本語の名前)さんです。
日本語が上手で、ジャニーズが大好きなとてもチャーミングなお嬢さんです。
我が家に来て生活が始まって1週間、通学も掛かり遠いいけれどちゃんとできて、娘と二人朝早く登校で家を出て行く。
娘たちもまた、だらだら、ぐずぐずしていては駄目だと気づき、我が家はまた新しい環境で刺激的な生活がスタートした。
偶然にもその娘、高校入学直後の6月から8月いっぱいまで豪州ブリスベンに短期留学した娘が来年4月から1年間交換留学生として台湾・台北市の清修中高校に行くことになった。
我が家で正に交換留学である。
11日から今年3度目の中国河南省に植林研究で出かけるために帰省した長男と近くに住む母たちを招いて、自家製の新鮮なねぎや春菊豊富なすき焼きを総勢8人皆で囲んで一夜を過ごした。
国際交流が我が家にもやってきた。 2007/8/25 屋久島の旅家族全員ではないが屋久島に来ました。
早朝のフライトでうとうとしている間に鹿児島、乗り継いで屋久。 屋久島の天候不順でユーターン覚悟で飛び立った小型機は無事に屋久に着いた。雨の島、緑の島だ。 山や東側が雨なので2本のみ県道で反時計回りで島の西側の海亀の産卵で有名な永田浜の宿に着いた。 浜で遊び、釣りを楽しんで、東シナ海に沈む夕日を眺めながらの岩露天風呂と新鮮魚の残酷焼きバーベキューは最高の贅沢。 屋久杉とは2000年以上の杉しか呼んではいけないそうだ。
至る所に新しい屋久杉が芽生えている。これも屋久杉、みんな屋久杉。
そんな屋久杉に会いに白谷雲水峡と呼ばれる屋久島の2つある登山コースの1つに行った。
4時間の軽登山コースと言ったところでしょうか。
やがては宮之浦川にそそぐだろう渓谷沿い、急なジグザグ、全体として薄暗い登山コースですが、ところどころ二代杉、千年杉、弥生杉など有名な古木と出会えるので飽きない。
2時間ぐらいで「もののけの姫の森」(最近付いた名前だそうだ)についてしばらく緑とマイナスイオンを楽しんだ。
途中至る所で、鹿やサルが一生けんめい餌をあさっている光景に合える。
帰りは、よく整備された弥生杉コースを経て登山口に戻った。
枯れかけた弥生杉に寄生した杉や他の樹木が古木に似合わないほど若い枝を張り出している。
弥生杉は太鼓の杉の中でも横綱級だ。
最後の夜、ちょうど今頃孵化した海がめがチョコチョコしたかわいいしぐさで海に帰るシーズンです。
田舎浜の宿のすぐそばでNPO組織が浜と海がめを守る活動をしている。
末娘や何人かの子どもたちが代表でその人工孵化した子亀を放流した。
屋久島は日本でも数少ない古来の田舎暮らしの島だ。
貴重なる体験だ。おそらく子どもたちなりに生き物や環境の大切さを感じたに違いない。
海で遊び、山で遊び、里で遊ぶ。
遊びで疲れた身体を鹿児島空港の足湯で癒し、夜は薩摩の名産、黒豚と焼酎で癒す。
遊ぶと言うよりは、海で学び、山で学び、里で学ぶと言った素敵な旅であった。
2007/8/5 京都旅行岡山の実家本家の3回忌法要で初夏の田植え以来の帰省をした。
その帰りに娘の林間学校による留守を利用して、京都で妻と合流し久しぶりの旅行を楽しんだ。
京都保津川渓谷のトロッコ列車、保津峡くだりを楽しんだ後、嵐山と嵯峨野を散策した。
宿は岡崎の立派な庭園の宿「白河院」でくつろいだ。
次の日は京都美術館でのフィラデルフィア展でルノアールの「ルグラン嬢の肖像」の美しさに心を引かれた。
妻の要望で20年ぶりの京都東山清水寺、門前の店先をふらふら修学旅行気分?
私は、京都33観音めぐりの御朱印帳を新調し、清水さんで四ケ寺の御朱印をいただいた。
今回の旅は、電車とバスののんびり旅。今日も京都市内市バス500円で乗り放題の市内観光。
次は今回の第二の京都観光目的の京都町屋見物。
市場烏丸付近の町屋でお昼をいただいてから、風通しの良い、うなぎの寝床のような町屋を見物。
風呂あり、お久土ありの昭和時代へのタイムスリップをしばし楽しんだ。
最後はいつも京都駅から眺める立派な五重塔と伽藍の東寺を参拝した。
ちょうど蓮が一面に咲き、暑さ厳しい京の夏を肌で感じた旅でした。 知多の寺子屋7月22日日曜日、「夢を育てる科学遊び」と題した子どもクラブ指導者や地域ボランティアを対象とした指導者研修会が開催されました。
これは、知多市南粕谷のめがね弘法大師でおなじみの大智院での寺子屋とセットとなった企画です。
つまり、指導者はこの研修会で指導スキルの幅を広げ、その成果を翌日から開かれる子どもを対象とした毎年開催の大智院寺子屋で生かそうとする新しい試みです。
講師はゲーム・レクや科学遊びで著名な小菅知三氏。
日ごろ子どもたちと一緒に地域子ども教室で指導する我が仲間たちも参加して、写真のように愉しく、熱心にそのレパートリーを広げた。
「ストローとんぼ」「水中花」などなど。
「ストローとんぼ」はいわゆる竹とんぼのストロー版であります。画用紙のプロペラの中央にストローの先を5mm程度裂いて広げ、穴に通してテープで固定する。ポイントは直角に止めることです。
楽しそうな指導者研修風景と翌日からの大盛況の大智院寺子屋の写真をお楽しみください。
2007/7/3 佐布里プレイパークコマをまわして遊ぶ子、竹馬に乗る子、木登りをする子
木陰でハンモックに揺られる子、おにぎりをほおばる子
父子で工作をする子、母とおしゃべりをする子。
愛知県知多市佐布里池ほとりの小高い丘に佐布里(そうり)プレイパークがある。
ここには昔懐かしい田舎の子どもの遊び場があり、遊びがある。
毎日、学校の帰り道、それこそ3倍もの時間をかけて道草しながら帰った遊び。
軽いかばんを縁側にほおりなげるや否や村のお寺や神社、
山々に行って暗くなるまで遊んだと同じような遊びと遊び場がある。
週末、祭日、休暇で開き、そこにはいかにも子どもたちと一緒に
遊べる指導員がいる。
約束は一つ”自分の責任で自由に遊ぶ、怪我と弁当は自分持ち”。
正に自己責任、自主自立、子ども天国。
いつの間にか我が子をほっといて、竹馬作りに夢中の自分。
竹と紐のみででき上がった。正真正目の竹馬、金属パイプも無ければ針金も無い。
竹の節が足の裏や手のひらに心地よい。
昔を思い出す子どもの居場所だ。
のびのびと自然と親子が触れ合える空間だ。
佐布里プレイパークはこちら。 2007/6/26 ブリスベンからのメール その1娘結香が6月5日オーストラリア・ブリスベンに出発して3週間になる。
服を送れ、ノートも、味噌汁も、と荷物の請求のメールが次々と入る。
先週月曜日に買い揃えて?万円もの送り賃果たして発送したのに
返事も来ない。
荷物が迷子か、検疫にチェックされたか?
やっと数枚の写真が届いた。
のんびりした自然一杯のブリスベンと発展したダウンタウン。
その中で楽しそうに?生活と学習の様子が伺える。 2007/6/23 キャンドルナイト”ただいま我が家もキャンドルナイト実施中”
と訳のわからないメールが仕事を終えて帰ろうとする時に入った。
帰宅、家の中は真っ暗。
うらゆらと揺れるロウソクの小さな明かりが食卓に。
ああそうか、今日は夏至。
気球を守るために夏至の夜7時から10時まで蛍光灯を消して
蝋燭に明かりをつける
世界中100万人のキャンドルナイト企画なんだ。
この企画のネットアクセスをしてみたら、
沢山の人が企画と運動に賛同して参加している様子が世界地図上に、日本地図上にマーキングされていた。
地球を守ろう、スローライフを楽しもうの企画である。
参加したそれぞれの家の感想やメッセージをメール投稿でき、
企画に参加して明かりがともった日本地図の位置からそのメッセージがゆらゆらと現れて、
読める仕組みになっている。しばらく素敵なメールに読みふけった。
我が家は、蝋燭の明かりの下での食事を済ませ、
末娘が宿題をしたり、母の絵本の読み聞かせに聞き入っている。
年に1日の企画ではなく、たまには今夜のようなスローライフもいいな。
取り戻したいな。2007年夏至 2007/6/15 娘の海外研修長女が去る6月5日朝、
愛知県S高校1年の3ヶ月語学研修プログラムのために豪州に旅立った。
旅立つジェット機をデジカメムービーで追いながら、やっとここまできたかと安堵の気持ちで一杯だった。
と言うのも、ブログ上で全てを表現することはできないけれど、中学の3年間色々あって、本人も家族も悩み苦しみ、底から這い上がってここまで来たのであった。
無論、本人の努力と強い意志は目を見張るものがある。
あんずるよりも・・・・と言われるように、まずはあれこれと思い込まず、行動する。実践する。
失敗したり反省があれば修正すればよい。人生は長い。
娘よ、このチャンスを大いに生かせ。
頼まれたものを今週末には発送するよ。 2007/5/13 新学長誕生中京大学学長に北川薫教授、前体育学部長が就任された。
この祝賀の会を5月のさわやかな日に名古屋で開催した。
全国津々浦々、200名もの皆さんがこの会に集まっていただいた。
また、都合が付かなかった多くの方も記念品参加の形でご賛同を頂いた。
ありがたい。
この会によって多くの人と再開し、また新たな出会いが生まれた。
発起人代表として、この運動生理学研究室OBとして、OB助手として、
嬉しい1日となった。
特に、日頃会う機会の少ないご退職された先生方や
古くからの付き合いの仲間や後輩たちとお会いできたことが嬉しい。
中でも、昨年の9月から赤道直下エクアドルの教育指導に赴任されている岐阜県教員裕子さんが一時帰国され、
この会の二次会に参加していただいた。
二次会で北川新学長を囲んで身近な中間達と美味しい酒とお腹を満たし、この会の労をねぎらい合った。
発起人幹事、司会、受付、進行などこの会にお力添えを頂いた全ての方々の感謝。
中でも中心となった種田さん、松本さん、感謝感謝。
発起人幹事代表と開会の挨拶の役を終え、安堵。
皆さん、ありがとう。
※写真をクリックして拡大してお楽しみ下さい。
2007/3/24 卒業長男が卒業した。
ほぼ毎日の自炊生活、サイクリングクラブでの活動、地道な専門の実験研究、塾や家庭教師のアルバイトと実に粘り強くやり終えた。
おめでとうの言葉を送ります。
昨日の勤務先の卒業式に続き早朝から高速バスに乗って長男の卒業式に出るために長野県伊那まで出かけた。
11時開式寸前にキャンパスに着いた既に卒業生と修了生、学部スタッフや家族で大講義室らしきホールはいっぱいである。
学部キャンパスなので学部卒業生と大学院修了生合わせて300人くらいのこじんまりした卒業のセレモニーであった。
学位記授与は学科と専攻別に全員の名前が呼び上げられ厳粛な授与式である。
名前が『○○さん』で呼ばれたのが印象的であった。
学長と学部長の式辞は社会、経済、科学技術、環境問題など今日的問題を取り上げられ、その課題に果敢にチャレンジしていくことの使命と期待とが異口同音に巣立つ若者に熱く語られた。
記念写真の後、学科別に証書授与式と謝恩食事会が催され、これに同席してここまでご指導いただいた恩師や共に実験やフィールドワークに励んだ研究室の先輩や同僚、後輩に挨拶をしながら、今の私の勤務先には無い『研究室』単位の交流をしばし楽しんで岐路に着いた。
たまには他を知る事がいろんな意味で有益であり、刺激で記であるかを感じたcommencementであった。
大学院への再出発を期待する。 2007/1/29 思いを新たに23回忌1985年1月28日未明、体育実技で志賀高原竜王スキー場に向かおうとしたスキーバス3台のうち、最後尾のバスが厳寒の凍てつく犀川笹平ダム湖に転落した。この年の盆には世界最大の航空機惨事日航機墜落事故もあった年で公共交通の安全について、全国いや世界中が注目した年でもあった。
この事故で無限の未来ある22名の青年と私の友人で優秀な教員、2名の乗務員の尊い命が一瞬に奪われた。
今日で丸22年の歳月が流れた。犀川バス事故犠牲者23回忌追悼法要が長野市正源寺と事故現場で道行く人びとの安全を祈る慰霊碑で厳粛に執り行われた。
あれから22年が経ち犠牲者のご遺族もご高齢となったにもかかわらず、ご兄弟のご参加も含め11ご遺族20名近いご遺族、10名の同窓生、大学関係者、バス会社合の人々が集った。
事故は今されどうすることもできない、悔いは消えないが、逝ってしまった故人はどうすることもできない。私はただただ、あなた方を忘れないよと、花を手向け、供物を供え、線香を上げ、経を唱え供養することしかできない。
あなた方の死を決して無駄にしないよ、あなた方の無念な思いを引き継ぐよと、23回忌法要で新たな思いを心に誓った。
遠くから、忙しい時期にもかかわらず、この卒業生の集いにご参加いただいたNFU同窓生の皆さん、ありがとうございました。また、逝った仲間のお導きで元気にお会いしましょう。
写真は、後日UPします。 2007/1/11 犀川バス事故23回忌卒業生の集い犀川バス事故遭難者23回忌追悼法要卒業生の集いご案内 幹事 香山久子(1989年卒)、小林培男、山本秀人(日本福祉大学) 卒業生の皆様いかがお過ごしでしょうか。 亡き22名の学友と故山本清孝先生、乗務員の尊い命を奪ったあの痛ましい悪夢のような犀川スキーバス事故から23回忌が巡ってまいります。皆様には、バス事故によって大切な友人や後輩を失い、今日まで長く辛い日々を送ってこられたことと存じます。又、中には日々励まされ、背中を押していただいた方もおられると存じます。先回の17回忌法要卒業生の集いは列車が運休するほどの大雪の中執り行われました。あれからもう6年にもなります。 さて、この度23回忌追善供養が遺族会、大学、三重交通の共催で開催されます。今回もこれに合同さしていただく形で「犀川バス事故遭難者23回忌追悼法要卒業生の集い」を下のとおり開催しますのでご参加ください。 今回は同窓会報の掲載呼びかけができませんでしたので、ホープページや一部のサークル通信のみとなっています。お近くのご友人にお呼びかけを頂き、ご家族ご友人でご参加くださいますようご案内申し上げます。 犀川バス事故遭難者23回忌追悼法要卒業生の集い要項 日時 2007年1月28日(日) 場所 正源寺本堂 長野市七二会笹平甲1514 電話0262-29-2521 バス事故慰霊碑 同地内犀川笹平ダム湖畔慰霊碑 長野第一ホテル 長野市南千歳1-16-2 電話0262-28-1211 内容および日程 ※全て任意参加で部分参加可能です 午前5時 ホテルロビー集合、タクシー分乗で現地慰霊碑早朝お参り(任意参加、タクシー代分担清算お一人約2000円程度) 午前8時 ホテル出発、タクシーか送迎バス分乗で正源寺本堂 午前9時 正源寺本堂23回忌追善法要参列焼香、正源寺観音堂参列焼香 午前10時 タクシー分乗で犀川笹平ダム湖畔現地慰霊碑供養参列献花 午前11時 タクシー分乗で長野市内へ移動(タクシー代分担清算) 午前12時 供養昼食会(長野第一ホテル、会費2000円程度) 午後1時 終了後解散、善光寺参詣(任意参加) 宿泊 長野第一ホテル 長野市南千歳1-16-2 電話0262-28-1211 宿泊代金 シングル6000円、ツイン11000円、朝食800円 交通 交通費は各自、正源寺と長野市内のタクシー代は分乗割り勘(約2000円程度) 参加 1)申し込みはご氏名、卒業年、ご住所、携帯電話およびメールアドレス記入の上、上記日程の早朝現地慰霊碑お参り、正源寺法要、現地慰霊碑供養、昼食会、宿泊、タクシー利用のそれぞれについて参加や必要の可否を別紙ワードもしくは別紙エクセルファイルの参加申し込み表を用いてご返信下さい。 2)参加希望者は代表幹事の香山久子(kayama@td6.so-net.ne.jp)もしくは日本福祉大学の小林培男(masuok0730@hotmail.com T&F0562-34-4563 携帯 090-3253-5167)までメール、ファックスもしくは電話で1月20日までにお申し込み下さい。 その他1)服装は略礼服または平服です。厳寒の長野ですので保温にご留意下さい。 2)長野までの各自交通費、宿泊および朝食は各自でお願いします。これ以外のタクシー料金、お供物代、昼食会費等は参加者で分担します。 3)同窓会報によるお知らせが間に合いませんでしたので、友人、クラス、ゼミ、サークルなど皆さんにこの情報を流して下さい。よろしくお願いします。 |
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